沖縄ツーリング /7/おまけ

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8月20日(日)

嘉手納基地:アジアでも主要基地である嘉手納米空軍基地。向こうに見えるのも基地内の倉庫かなんかで、果てしなく基地。広すぎです。この近くの道の駅をねぐらにしていましたが、夜遅くまで轟音が聞こえていました。周辺住民の苦悩も理解できます。その一方でここに駐留する米軍が日本(+アジア)を守っているかと思うと、複雑な気持ちになりますね。なんだかんだいっても、米軍なしではやってけないのが現実です。

関係ないですがここの基地周辺ではやたら「沖縄 500 Y 1234」のようにYナンバーが多くて、米軍関係なのかと思ってましたが、かえって調べてみるとwikipediaで「駐留軍人用 Y(課税、軍人私有)」とあったのでやっぱり米兵の車でした。

沖縄県庁到達!:いよいよやってきました。日本最後の県庁、沖縄県庁。こみ上げてくるものがありますね・・・。47都道府県、しっかり観光して足跡を残してきました。日本制覇です。国道はまだまだ制覇には遠いですが、とりあえず一区切りかなと思います。将来、「俺は学生時代に47都道府県回ったよ?原付で」と胸をはって言えますね(^^;)目標を設定し、それを達成する・・・これを完遂できたことで、社会人になってもやっていける自信を得られたと思います。ありがとう県庁。そしてさようなら県庁。

首里城公園:沖縄のシンボル?首里城。昔は正殿などが国宝指定されていたそうですが、沖縄戦で多数の文化財とともに焼失。残されたのは結局石垣だけ。今はきれいな建物が復元されています。首里城跡などの琉球王朝史跡群が世界遺産になった背景には、前大戦により被害を蒙ったという要素もありそうですね。2000円札で有名になった守礼門もありましたが、思ったより小さい。しかも工事していて風情なし。なんやねん。それにしても人が多かった。

平和祈念公園ここからは沖縄戦関連が続きます。沖縄の歴史で避けて通れない沖縄戦。まずは平和祈念公園。資料館では沖縄戦について非常に分かりやすく説明されています。多くを語るつもりはありませんが、人が人でなくなる異常な環境であったことがひしひしと感じられました。米兵にも精神異常をきたす者が現れたというぐらいですから・・・。残酷な写真も包み隠さず展示しています(程度としては低いものでしょうけど)。原爆も十分悲惨ですが、地上戦で激突することがどれだけ無残なものなのか、よく教えてくれます。だからといって感情的に反戦運動をするのではなく、戦争をするということがどういうことなのか、冷静に認識しておくことこそ大事だと思います。そしてそれをちゃんと知っていれば、道を踏み外すことはないだろうと思います。

ひめゆりの塔:学徒動員によって看護師として働いたひめゆり学徒の碑と資料館です。この碑の真下にある洞窟が当時の軍の病院のひとつで、そこで働いていたとのこと。資料館ではひめゆりの生き残りのおばあちゃんが丁寧に解説をしてます。ひめゆりの生存者が残した証言本を読んでいましたが、これがまたリアルでつらい気持ちになりました。

ひめゆりの塔も平和祈念公園もちゃんと英語の解説があって、外国人にも優しいつくりになっていました。アメリカ人から見れば気分のいいものではないでしょうけどね。

喜屋武岬沖縄最後の探訪地は喜屋武(きゃん)岬。沖縄南端です(正確には違いますが)。沖縄戦では日本軍が南へ南へ追い詰められていったので、この辺りで多数の飛降り自決があったそうです。落ちれば命はなさそうな断崖。追い詰められた人たちはどんな気持ちでここから飛び降りたのでしょうか・・・。今はただ海が静かに広がっています。目の前に大きな岩が崩れるように重なってますが、もしかしたらこれは米軍の艦砲射撃で崩れたのかもしれない。それはわずかに60年前のこと。そんな時代があったことと、そして今の時代に生きられることの幸せをかみしめながら、沖縄を後にしました。

沖縄ツーリング /7/おまけ

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